猫まっしぐら。投瓶通信です。
[PR]
2025.01.22 Wednesday
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
異物感
2010.12.18 Saturday
眠い。少しだけ書く。
ユリイカ−村上春樹特集を買った。まだ全然読み進めてないけど、千葉雅也さんの「別名で保存する」っていう海辺のカフカ論が、なんというか、すごくモヤモヤした読後感だった。
正直意味は全然わかんなかった。でも、いや、だからこそすごく惹かれる感じがした。「父が僕のpowerbookをネットにつなぐ」なんて、なんだかとってもすてきな響きが文章からした。なんていうか、全くうまく言えないが、意味の分からない文章を読んでいて、自分の考えがそのキャンバスとしてのカオスに転写されている気がした。
ここから、「意味の分からなさ」ということを考えた。最近読んだ姜尚中のインタビューで「自分探しに悩んだら、抽象画でもみて=意味の分からないものに触れて自分探しからいったん離脱しろ」って言ってたけれど、それと同じようなことなのかな?って思った。僕が思うに、「自分探し」とか「自分との対話」とかは自家中毒に陥る危ういものだと思う。
そのことが自分をとらえる精度をどんどん失わせると思う。この経験は「注意する」という行為に近い(この「注意」はまた量子の社会哲学参照ね。)
「注意」を徹底すると、逆に対象のどこを見ていいかわからず、輪郭がぼやけて注意散漫というか、対象を捉えきれないことがある。こう量子の社会哲学で述べられていてなるほどと思った。強い体験ほどなんだか鮮明に覚えることができないのといっしょかな。
「自分で自分のことを考える」っていういわば閉鎖系な営みは、濃密すぎて精度が落ちていくものだと思う。
そこに異物として差し込まれる「意味の分からなさ」が逆に自分のことを理解する「媒介」になるのじゃないだろうか?
少しだけって思ったのに結構書いた。しかもこれは確実に1人には見られているのに。。。恥ずかしい。
しかも文体カッコつけすぎかなあ?キャラと違うかも。。でもなんか書きやすかった。普段読んでる本の影響かな?
では、また。
ユリイカ−村上春樹特集を買った。まだ全然読み進めてないけど、千葉雅也さんの「別名で保存する」っていう海辺のカフカ論が、なんというか、すごくモヤモヤした読後感だった。
正直意味は全然わかんなかった。でも、いや、だからこそすごく惹かれる感じがした。「父が僕のpowerbookをネットにつなぐ」なんて、なんだかとってもすてきな響きが文章からした。なんていうか、全くうまく言えないが、意味の分からない文章を読んでいて、自分の考えがそのキャンバスとしてのカオスに転写されている気がした。
ここから、「意味の分からなさ」ということを考えた。最近読んだ姜尚中のインタビューで「自分探しに悩んだら、抽象画でもみて=意味の分からないものに触れて自分探しからいったん離脱しろ」って言ってたけれど、それと同じようなことなのかな?って思った。僕が思うに、「自分探し」とか「自分との対話」とかは自家中毒に陥る危ういものだと思う。
そのことが自分をとらえる精度をどんどん失わせると思う。この経験は「注意する」という行為に近い(この「注意」はまた量子の社会哲学参照ね。)
「注意」を徹底すると、逆に対象のどこを見ていいかわからず、輪郭がぼやけて注意散漫というか、対象を捉えきれないことがある。こう量子の社会哲学で述べられていてなるほどと思った。強い体験ほどなんだか鮮明に覚えることができないのといっしょかな。
「自分で自分のことを考える」っていういわば閉鎖系な営みは、濃密すぎて精度が落ちていくものだと思う。
そこに異物として差し込まれる「意味の分からなさ」が逆に自分のことを理解する「媒介」になるのじゃないだろうか?
少しだけって思ったのに結構書いた。しかもこれは確実に1人には見られているのに。。。恥ずかしい。
しかも文体カッコつけすぎかなあ?キャラと違うかも。。でもなんか書きやすかった。普段読んでる本の影響かな?
では、また。
PR
量子の社会哲学!!!
2010.12.16 Thursday
にゃ!初エントリー!若干緊張するぜ・・・誰にも言わずに、こっそりツイッターのウェブ欄にアドレスだ貼っておいた。誰か見てるかな?見てたら何らかの方法でおしえてください
さてさて。昨日読み終わった「量子の社会哲学」。かなり面白かった。この面白さは久しぶり。「思想のケミストリー」とか「自由を考える」とかに匹敵する面白さだったかな。「革命は過去を救うと猫が言う」っていいタイトルだな。
上記のどの本もそうだけど、あんまり長くないいくつかのユニットからできていて、厳密な論証よりも多様なイメージとか想像力に接続されていくようなテクストの方が好きです。
この本もまさにそうで、いろいろな広がりのあるテクストだった。
その中で、「媒介」という何度か登場するモチーフが一番面白かった。
「精神分析において、分析家が存在していると言う事実性こそが患者の無意識読解に役立つ。」
「レーニンにおいて党はあるべき階級意識を知っているのではなく、労働者が「真理」を投影する場所としてこそ機能する」
とかかなー。
このことを僕なりに言い返すと、「自分の問題に対する答えは自分しか持っていない。つまり、人に何かを教わることはできない。ただ、自分の持っている答えに到達するために、「答えを知ってそうな人が存在している」という事実が重要」
って言う感じかな。
やっぱりこれは自分のことを考えても、まさにそうだと思う。というか、まさに自分が大澤真幸のような思想家の本を読むのもそういうことを期待しているからだと思う。
思想の本に書いてあるような宗教学や資本や哲学のただの知識を得たい訳ではなくて、その知識をもとに
自分がどう生きるべきか?
とか
人生とは何か? という問いに接続されていきたっていうのが僕が思想の本を読む動機だと思う。
この本の中でも「過去を遡及的に決定する」ってところは本当にそういう実存的な問いへ接続できたな。
このブログが存在していること
が媒介となってこれから読書でいい気づきを得ていきたい
っとまあ、今回はこんなところで。
次回「過去を遡及的に決定する」ってことに触れたいと思います。(我ながらなかなかうまい引っ張り方じゃなかろうか・・・?)
しかし、確率的に存在するって何だー!全く想像できないぜ。
さてさて。昨日読み終わった「量子の社会哲学」。かなり面白かった。この面白さは久しぶり。「思想のケミストリー」とか「自由を考える」とかに匹敵する面白さだったかな。「革命は過去を救うと猫が言う」っていいタイトルだな。
上記のどの本もそうだけど、あんまり長くないいくつかのユニットからできていて、厳密な論証よりも多様なイメージとか想像力に接続されていくようなテクストの方が好きです。
この本もまさにそうで、いろいろな広がりのあるテクストだった。
その中で、「媒介」という何度か登場するモチーフが一番面白かった。
「精神分析において、分析家が存在していると言う事実性こそが患者の無意識読解に役立つ。」
「レーニンにおいて党はあるべき階級意識を知っているのではなく、労働者が「真理」を投影する場所としてこそ機能する」
とかかなー。
このことを僕なりに言い返すと、「自分の問題に対する答えは自分しか持っていない。つまり、人に何かを教わることはできない。ただ、自分の持っている答えに到達するために、「答えを知ってそうな人が存在している」という事実が重要」
って言う感じかな。
やっぱりこれは自分のことを考えても、まさにそうだと思う。というか、まさに自分が大澤真幸のような思想家の本を読むのもそういうことを期待しているからだと思う。
思想の本に書いてあるような宗教学や資本や哲学のただの知識を得たい訳ではなくて、その知識をもとに
自分がどう生きるべきか?
とか
人生とは何か? という問いに接続されていきたっていうのが僕が思想の本を読む動機だと思う。
この本の中でも「過去を遡及的に決定する」ってところは本当にそういう実存的な問いへ接続できたな。
このブログが存在していること
が媒介となってこれから読書でいい気づきを得ていきたい
っとまあ、今回はこんなところで。
次回「過去を遡及的に決定する」ってことに触れたいと思います。(我ながらなかなかうまい引っ張り方じゃなかろうか・・・?)
しかし、確率的に存在するって何だー!全く想像できないぜ。
はじめまして
2010.12.15 Wednesday
読んだ本、見た映画、感じたこと、友達と話したことから考えたことをアウトプットのために、はじめました。
今日大澤真幸の「量子の社会哲学」を読み終わった!ここ最近読んだ本ではダントツに面白かったかな。で、いろいろんなことをそこから考えたんだけど、それは次回書きます。(多分)
まあ、最初はこんなところで。
日常生活で持つ根から解き放たれ、翼を持つように自由に思考、表現していきたい。
今日大澤真幸の「量子の社会哲学」を読み終わった!ここ最近読んだ本ではダントツに面白かったかな。で、いろいろんなことをそこから考えたんだけど、それは次回書きます。(多分)
まあ、最初はこんなところで。
日常生活で持つ根から解き放たれ、翼を持つように自由に思考、表現していきたい。